『ランゲルハンス島の午後』読了


少し前に『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』を読むのに、かなり時間をかけエネルギーを使ってしまったので、ここしばらくは気の楽な本を読んでいる。


この本は安西水丸(挿絵)とのコンビで「クラッッシィ」という雑誌に2年間掲載された「村上朝日堂画報」というタイトルのページを、書き下ろして追加した『ランゲルハンス島の午後』という名前に改題したものだ。すべて1話ずつが見開き2ページに納められ、その1ページめのタイトル脇には挿絵が添えられている。また1話ずつの間には、これまた見開き2ページをつかって安西水丸の挿絵が納められている。絵本のようなエッセー集だ。



内容は15,6年前に書かれたもので、今の周辺とはもうかなり事情は違っているが、当時を思い起こして読んでいけば、村上春樹の人となりも見えてくる。身近な事に題材を得ているエッセーは、長編をいくつか読み不思議な世界に足を踏み入れてしまったあとに読むと(ご本人は不本意かもしれないが)「村上春樹はカワイイおじさんなんじゃないだろうか?」とすら思えてしまう。


4年間使い込んだ「ウォークマン」が壊れて二代目を購入したらそのあまりの進化に驚いた、という話題。人によって違いはあるだろうが、今はすでに私の頭の中では「ウォークマン」は死語になっている。あれから何代目の「ウォークマン」を使っているだろうか。いや、MDプレイヤーからiPod愛用者になっているかもしれない。


本のタイトルとなった「ランゲルハンス島の午後」という話題。
「ランゲルハンス島」(膵島:すいとう pancreatic islet)は高校で「生物」を履修した人にとってはお馴染みで、教科書にのった膵臓の細胞が鮮やかな紫色に染色された顕微鏡写真を思い出すだろう。発見者ランゲルハンスの名前をとって命名さえれた島のような細胞の塊。
生物の教科書を忘れ家にとりに帰った四月の昼下がりに、一息ついて川辺の芝生に寝ころんだ....そこで「春の渦の中心に呑み込まれたような」著者は......


この1編だけは後に書き下ろしで追加されたもので、どうりで他とは全く文章の趣が異なっている。しかし、エッセーというごく普段の村上春樹と、長編のあのどうしようもない想像の世界にひきこまれる村上春樹とをうまく結んでいるかのような1編だ。




ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫)

ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫)